宇和島海軍航空隊

昭和19年3月15日松山海軍航空隊宇和島分遣隊として、宇和島市坂下津・近江帆布宇和島工場を接収して開設。
昭和20年3月1日 宇和島海軍航空隊として独立
(飛行訓練は、卒業後高知、上海で行われた)
昭和20年7月15日 宇和島海軍航空隊解隊 訓練生は各地の陸戦隊に編入

総人数、武装状況について詳細不明。 文章中に同期生1900名の記載が見られる

昭和19年10月31日(火)晴れ 4時頃 陸軍機(隼)着陸
  20年1月13日(土)晴れ 水上機 2機 時間をおいて来訪
             (七潜司令少将)最初の一機転覆
     1月19日(金)晴れ 零式水偵
     1月25日(木)晴れ 1500 特殊潜行艇
     3月11日(日)晴れ 大相撲 照国 名寄岩 輝昇 二瀬川 出羽湊 備州山 櫻錦 大ノ森 小戸ヶ岩
     3月16日(金) 陸軍機(隼)三平山に激突、即死
     3月17日(土)彗星 着陸
     4月6日(金) 1330 零戦52丙型 3機 燃料不足の為不時着 朝鮮と間違えたらしい。

昭和19年5月17日 久爾宮殿下 松山航空隊 井上先生拝謁 

聞いた処では、宇和島予科練では飛行機の離発着は不能であったようだ。
予科練に何機か不時着したのは総て胴体着陸ということであった、車輪をだすとオーバーランして衝突するらしい。当然、離陸は不可能で、飛行機はそのままにしていたということであった。
水上機はこの限りではない。


引用・宇和島海軍航空隊甲飛14期1次、練習生の記録「予科練生活」より

著者・岡山市津島桑の木町5−3−204 石村昊正氏


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