宇和島藩庁伊達家史料 記録書抜 伊達家御歴代事記

無印は記録書き抜きより抜粋
★印は御歴代事記より

正保年間

★、正保元年甲申 宇和島向新町築地組家建始ル

同年 秀宗様御下向之節 御供之侍 河原十郎左衛門 大坂ニ於

テ船方之者ト口論ニ及 十郎左衛門 即日切腹被仰付 検使片山

市兵衛 魚住  久兵衛 此方様ヨリ中村長右衛門罷越 大坂寒

山寺ニテ切腹

同二年乙酉 御参府被遊 三月廿二日御着府 是ハ昨年ヨリ御詰也
  同年四月廿二日 竹千代様御元服御祝儀ニ付 御献上物有之

  同年六月 江戸御上屋敷江雷落シ 大立目左太郎 雷死ス

  同年 御局様御男子御誕生 御名

  同年 宇和島沖之島公事起ル 土州ト之引縺レナリ

このとき、土佐の国では、この問題を解決するために野中兼山が藩命を  うけ、その政治的手腕を振るうが、かれが解決するために利用したのは  長宗我部元親の作った古地検帳であったといわれている。

★同年 宇和島元結木御鷹匠町築地出来

★三年丙戌、宇和島御城下より岩松方江之往来道山際江付替ニ相定る。

【付箋】正保三年、井上伊勢死去、倅五郎兵衛江跡式千三百石被下置、伊勢同様被仰付

年表に戻る


SEO [PR] 母の日 カード比較 再就職支援 バレンタイン 冷え対策 誕生日プレゼント無料レンタルサーバー ライブチャット SEO