イギリス艦隊の来航 イギリス艦隊が伊達家に贈った軍艦旗(6.3m×3.3m)

 駐日英国公使パークスが搭乗し、キング提督の率いるイギリス東洋艦隊の軍艦が宇和島
湾に入港し、公式訪問の礼砲をとどろかせたのは、慶応2年(1866)6月のことであった。

 この艦隊は、鹿児島藩と宇和島藩を訪問し、藩の首脳部と意見の交換をするのが任務で、
日本が開国して以来、外国艦隊および外交官が各藩を公式訪問した最初の例であった。

 そのとき来航した軍艦はプリンセス・ローヤル(キング提督乗艦)、サラミス(パークス公使搭
乗)、サーペントの三艘で、宇和島湾に軍艦が来たのは初めてのことであった。宇和島は大
変な騒ぎで、軍艦を見ようと近郊から大勢の人が押し寄せた。

 時の藩主宗徳をはじめ、御殿の奥女中たちも英艦を訪問し、三の丸練兵場では藩兵と英兵
との調練があり、御殿ではパークス公使およびキング提督らイギリス側幹部を宴会に招き、
宗城はもちろん春山も出席して交歓をつくした。

 また、軍艦を見物にきた人たちは、軍艦からビールの空き瓶を投げたのを、先を競って拾
い上げ、家に持ち帰って桐の箱に入れ「ギヤマン徳利」として大切に家の宝とした人も多かっ
たという。
 この年12月にはイギリス公使館の書記官アーネスト・サトウが、アーガサス号に乗って来航
し、宗城らと種々時局の問題について意見交換をした。

 乗組員は丸穂の射撃場で宇和島藩兵と親善射撃競技をしたが、宇和島藩側の勝利となっ
た。
 夕刻からはサトウ及び艦の将校を招待して、盛大な宴会が開かれ、サトウは酔っぱらって
松根図書の家に泊まり、翌朝に帰艦するという有様であった。

 このように、鹿児島藩のような雄藩とならんで、宇和島藩がこれほど国際的に重要視された
ことも、伊達宗城の声望を証明していることといえよう。

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