和霊神社

下村鎌江城麓に鎮座在り、郷社に列し山家清兵衛公頼の一族を祭ると云う。
祠宇廣壮にして信仰豫土に冠たり遠く九州中国近畿にも信者多し、和漢三才圖會に

宇和島城主伊達遠江守秀宗者仙台黄門政宗卿之男也慶長十九年別領当城於是有家臣山家清兵衛(山家誤作矢部今改之)性廉直励忠勤然為傍輩被潜未糺實否殺秀宗遺使于奥州告事於父君清兵衛之霊同與使行奥州訴讒者所為霊禮容言語如存在者遂不知行方人以為奇異後大祟讒者一族皆令殃死焉仍祭其霊為神而祟猶不休故祟若宮明神為當所氏神於是神怒除去國家守護霊験甚多焉祟道天皇天満大自在天神人皆所知也近代稀有之神異也。

★寛永八年六月城北森安に小祠を営み山家の霊を鎮祭して児玉明神と称へ、宗利に至て信仰漸く厚く承応二年六月京都卜部家に執奏して平野知藏板部玄宗の下向するや檜皮森に新宮を営み廿三日奉幣の参着あるや三木重左衛門、金川右衛門出迎役として旅館安藤左内に待ち、山下兵庫等家中の諸士盛装して迎へ廿四日盛大なる奉幣の式を行ふ、

此の時久米郡日尾八幡の神主の後和田丹後守元政を神主に任じ扶持二人分を受け神饌として毎月一斗米の供進あり、
後藩老神尾勘解由信勝檜皮森の神域狭隘なるを以て向山に移す、時に明暦二年六月、和田河内元清神主たり、寛文七年六月更に森安の八面荒神の境内に遷宮し櫻田数馬親茂本社一間四面廊下九尺二間拝殿六坪の神殿を営む、
元禄九年九月神尾帯刀社地廿坪を増し、伊達宗昭夫人は戸帳鳥居の寄進あり、十一年五月には伊達兵五郎宗相石灯籠を寄進す、
十三年十一月廿参日三代の神主和田河内元重の時、神号を贈られ十四年六月廿四日伊達宗相、神尾帯刀、梶田又兵衛、三輪清助等三体の神輿を奉納し初めて神幸の神事を行ふ。
享保十三年四月四代河内元政の時大明神号に列し、十四年六月十七日領中祈祷の為め、兵具神馬を出す。
伊達村昭本願頭取萩森彦右衛門、小関兵右衛門奉行として享保十六年三月更に神殿を鎌江城麓に営む、十七年に至り領中蝗災甚だしく為に普請を中止し十九年五月着手、本殿廊下成り十一月遷宮あり寛保三年閏四月拝殿玉垣成就し延享元年六月廿三日全部の造営を了る。
明和二年十二月廿四日遠江守村候随神門を営み、山家清左衛門頼英、命に依りて御門通初めを承る。
寛政九年伊達家の系図紛失し、時恰も仙台家との確執中とて家中上下の驚駭一方ならず村候斎戒して和霊の神前に祈り結願の夜神霊所在を告げて事無きを得ぬ。村候翌朝自ら筆を染めて清兵衛が夢現の肖像を描写し之を金剛山に納む。

私が思うに、和霊大祭が7月23,24日に行われるようになった理由は、上に述べるように★6月23,24日に奉幣の式が行われたことがきっかけではないだろうか。旧暦の6月だから現在の7月23,24日というのが季節的にあうだろう。

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